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​制作に関わったクリエイターのコメントを紹介します。

写真撮影 山里 翔太

今回の被写体は三角縁神獣鏡をはじめとした古鏡。私は天体観測をするかの様に撮影を進めていた。それは手鏡ほどの大きさで、見た目は我々が認識するような鏡とは異なっていた。 
特に表面を初めて見た時は、とてもスピリチュアルなものを感じた。長い年月を経て、光を浴びる彼ら姿は一体どのように光を読み込む装置によって映し出されるのか。まずは光源。古鏡は、古代人たちにとって神具であり、宇宙から放たれてくる光を反射させるその様は神秘的であり、崇められたであろう。
今回は、その宇宙から放たれてくる光を一灯の定常光ライトに見立てて使用した。そして光を読み込む装置。
今回も超高画素デジタルカメラにマクロレンズをつけて撮影した。この二つが掛け合わさることで、古鏡のきめ細かなディテールを記録することが可能になるのである。そのレンズ越しで見たものは、まるで天体望遠鏡で惑星の表面を見ているかのようだった。
隕石が衝突することによってできるクレーターや、一直線に延びる巨大な渓谷。
惑星のように光を浴びる様々な古鏡を、是非ご覧になって頂きたい。

写真撮影 向井 萌

この作品群を撮影した日は、生憎の曇り空だった。光を呼ぶ鏡がテーマであるのに、肝心の光はなかなか顔を出してくれなかった。しかし、「光を探し、授かる少女」を演出するにはぴったりの日であった。近つ飛鳥風土記の丘にある先世の魂が眠る場所で、鏡を大事に抱えながら光が出てくるのをじっと祈る少女。その祈りを受け止めたかのように徐々に動きだす光。鏡の魂がようやく現れる。この地に刻まれた時間は、きっと少女には抱えきれないほど重い。先世の魂をも呼び覚まし、時空は揺らぎ、その時少女は一体どうなってしまうのだろう。

映像制作 野々宮 健太

本作品は、「はじめに光ありき」というタイトルの通り、初めに鑑賞者自身が光の輪を通り、同時に光たちが世界を紡ぎだすところからスタートします。中南さんに頂いた楽曲に乗せ、光たちが鏡と重なり、踊るように、点滅や転換を繰り返す光景は、まさしく鏡が光を呼んでいるかのように表現しました。
今回の映像作品はフラッシュ、点滅などを繰り返すものとなっています。それはこの作品のコンセプトに『生物として存在する鏡』というものがあるからです。生物として存在する鏡は、光合成のように光を食し、反射という形で吐き出します。その様を映像でどうしても表したいと思い、音楽にも合わせて点滅という形で生み出しました。
また、この作品は三種の鏡を抽出し、映像で色鮮やかな演出を付け足しています。その鏡たちが光を呼び、最後に映し出したのは「原初の鏡」である波であったという結末を迎えます。なるべくこの展示の全体の要素を組みこんだものにしたいという思いから、この作品には本展示の様々なコンセプトを嚙み砕き、表現しています。鑑賞していただいた方には、映像作品としてだけではなく、ぜひともこの展示の世界観そのものを感じていただきたいです。
(アシスタント/田中 祐貴、Xu Jinming)

サウンド制作 中南 賢治

埋葬された鏡は、長年日光を浴びることなく、暗く、冷たく、長い年月を経て、一つの天体のような姿へと変わっていった。我々が目にすることのできるその錆びた鏡のイメージに対して、この展覧会では様々な表現によって光を与えようとしている。
今回の楽曲は、映像表現で表される「光」に対応するようなサウンドデザイン、そして徐々に鏡が光と邂逅するような展開を目指して制作した。雅楽のような響きと騒々しく鳴るシンセサイザーの音色を重ね、光が持つエネルギーや、光に対して人々が持つ畏敬の念などを表せるよう挑戦した。

グラフィックデザイン 野上 稜太

 

ポスター・フライヤーをデザインするにあたって意識した点は見た人に古代を連想させるという点です。
具体的なアプローチとしてはまずフライヤーの色が挙げられます。当時は身分の高い人間しか持つことが出来なかった古代の鏡がテーマということで中面は品を感じさせる淡い紫、表裏面は少し深い赤みがかった紫を用いることでより一層世界観を強く打ち出すことをねらいました。
表面には銅鏡の後ろに文様のある裏面の実測図を加えることで鏡をよりリアルに表現しました。
また、銅鏡はどのような遺構から出土したのかを示すために裏面に土壙墓や墳丘の実測図を入れることとしました。
今回はロゴ制作で最も時間を費やしました。
下に光る文字は緑青から浮かび上がる光をイメージし、ロゴの文字は古代中国の文字を参考にそれを現代風に読みやすくアレンジしたものです。『呼』の文字はその法則をふまえ、新たに制作し、組み上げました。ロゴに躍動感を宿すことで古代と現代を繋ぐ力のシンボルとなるように制作しました。

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